二次創作小説
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KANRI

GALAXY ANGEL ― The meaning of the name ―

7ページ目


「にしても……」
 湯呑みから口を離すとラスクが切り出した。
「驚かれるとは思ってた。信じられないって反応も予想のうち。けど……いきなり泣かれるとは思わなかったぞ」
 格納庫でのことを思い出したのか、ちとせの頬が赤く染まる。
「そ、それは……。だって、あんなことがあって……何年も連絡が取れなくて……もうこの世には居ないんだって……ずっとそう思ってて。また会えるなんて夢にも思ってなかったんです……」
 今度はラスクが首を傾げる。
「ん?でも俺の名前は行ってたろ?それと経歴も。センパール中退のラスク・フェイカー、それも入学がお前と同期っていえば普通分かりそうなものじゃないか?」
「それが……PW02とそのパイロットに関する資料をもらったのが今朝でして……まだ途中までしか目を通していないんです」
 無論、突然すぎる配属に加えて、様々な意味で間が悪かった、というのはある。ある人物のサボり癖によるところも決して小さくはないだろう。けれど、その辺の事情はカケラほども顔に出さない。
「なるほど……。もちろん、今ここにいる俺は幽霊でもなんでもない。興味あるなら話すけど……聞くか?」
「ロームの惨劇……が起きた日のことですか?」
 何について?などとは尋ねない。
「ああ、面白いとは思えんけど……気分の悪い話でもないと思う」
「いいえ……それだけ聞ければじゅうぶんです」
 気分の悪い話ではない、ということはラスク自身はもとより、その家族も無事だった、ということだろう。そう判断したちとせは詳しく聞こうとは思わなかった。
「で、その後だな。いろいろあったんだが……そのままセンパールを中退。んで、思うところがあって、シージスに入学。卒業後、PWのテストパイロットに志願した。と、いう訳だな。ちなみに……シージスってのは通ってたパイロット養成機関のことな」
 と、からからと話す。
「そうでしたか……でも」
「うん?」
 続きを聞くうち、ちとせの声に不機嫌な色が混じり始めた。
「それだったら……連絡してくれてもよかったじゃないですか」
 ずっと心配していて、再会をあきらめてさえいた人が無事だった。それは素直に喜べる。けれど、当の本人があまりにあっけらかんとしていることにちとせは軽く腹を立てていた。私はとても心配して……たくさん泣いたのに、と。
「あ、ああ……そうしたいのはやまやまだったんだが……」
 気押されつつもラスクが説明するにはこういうことらしい。
 ひとつ、そもそも同じ寮に住んでいたので連絡先、という概念自体考えもしなかった。
 ひとつ、連絡先は卒業する時にでも聞けばいいと思っていた。
 ひとつ、出発前にはあんなことになるとは全く思っていなかった。
 ひとつ、学校側にも問い合わせてみたが規則により教えられない、とのことだった。
 どれも当然と言えば当然であるし、センパールは方面軍の提督クラスも多数輩出していることを考えれば、おいそれと行方を教えられない、というのも無理ないことだろう。
「言われてみれば……。ごめんなさい……責めるような言い方をしてしまって……」
「いや、こっちこそ……な。事情はともかく……不義理をしちまった」
 しゅん、となってうつむいてしまうちとせと、そんな姿に罪悪感をあおられたラスク。ふたりの間に沈黙が降りた。
 気まずい……。そんな思いに押されるようにラスクが動く。
「あー。喉が渇いたな……。おかわり、もらえるか?」
 苦しまぎれ、以外のなにものでもなかったが。
「あ、はい」
 コポコポと音をたてて、薄い黄緑色の液体が注がれる。
「なぁ、烏丸……。これって……緑茶……だよな?」
 湯呑みを眺めていたラスクが、どこか自信無さげに口を開いた。
「そうですけど?」
 ちとせが淹れた飲み物は、色、香り、味、どれをとっても緑茶以外のなにものでもない。が、ラスクには気にかかることがあったらしい。
「俺もたまに自販機で緑茶買って飲むけど……全然違うぞ。いや……たしかに緑茶なんだけど……」
 なにか腑に落ちない、といった風に考え込む。
「…………。では、その違いは?」
 問いかけるちとせの声は沈んだものからどこか楽しげなものへと変わっていた。
「違い……。そうだな、まず……香りだ。なんかこう……ふわっと広がる感じで……あとは……はっきりしてるのにこう……すっ、と消えてくっていうのかな?」
「なるほど。あとは?」
「あとは……独特の風味はあるんだが……そうだ、甘いんだ。緑茶なのにほんのりと甘みがある」
 そこまで聞いたところで耐えきれず、ちとせは吹き出してしまう。
「……なぁ、なんか変なこと言ったか?」
 笑われた理由が分からず疑問符を浮かべるラスク。
「そういうわけではないんです。ただ……」
「ただ?」
「なんだか、グルメ番組のレポーターみたいだったのでつい。すみません」
「…………あー、まったりとした上品なコクがあり、それでいて後味はすっきりしていますな〜」
「似合いませんよ。でも、慧眼ですね。……恐れ入りました」
 ようやく笑いが落ち着くとちとせは表情を改める。
「実はこのお茶、完全無農薬。さらに、科学肥料を一切使わずに栽培されたものなんです」
「まんま、グルメ番組だろ……」
 反射的に突っ込む。
「……下世話な話だけど……。なら値も張っただろ?」
「いえ、頂き物なんです。父の古い友人が栽培しているもので……その方はまだ私が産まれたばかりのころから可愛がってくれていたんです。それで……毎年たくさん送ってくれているんです。……おかげでお茶に関してはすっかり舌が贅沢になってしまって……」
「産まれたころから、ね。その人もさぞ驚いてるだろうな。“烏丸ちとせ”がここまで化けるなんてな」
「ば、化ける……ですか?」
「ま、驚いたのは俺もか」
 ラスクは言葉を切ると笑みを浮かべる。ニヤリ、といった表現が似合いそうな、あまり質の良くない笑みを。
「な、何がですか?」
 経験的に嫌な感じを受けたちとせは思わず身構える。
「あの日、宇宙港近くのバス亭で盛大に腹の虫を――」
「な、ななななな……なんで覚えてるんですか!?そんなことを!」
 瞬間湯沸かし的にちとせの顔が真っ赤に染まる。ボフン!とかいった効果音も似合いそうな勢いで。
「いや、なんでって……そりゃ、印象に残ってたからだろ?初めてお前と出会った時だったか……。たしか……あれはバスを待ってる間だったよな?ぐぅ〜って――」
「い、言わないでください!そんなことは」
 ちとせのうろたえぶりに気付いているのかいないのか――恐らくは後者で、なおかつそれを楽しんでいるのであろうが――ラスクはなおも軽いノリで続ける。
「けど事実だし……」
 が、ちとせもやられっぱなしではなかった。
「それをいったらフェイカーさんだって」
 反撃を試みる。
「あの後、一緒に近くの食堂に入って……山菜定食とわかさぎ定食のどっちにするか決められなくて……。そんなことで30分も延々悩む人なんて初めて見ましたよ、私」
 カウンターを受けたラスクの顔が引きつる。
「い、いいじゃないかよ!ちゃんと決めたんだから……」
 反論もどこか尻すぼみになってしまう。
「……それだけですか?」
 冷やかな視線を交えつつ、追撃。
「調子に乗って大盛りを頼んだら……予想していたよりもずっと多くて――」
「残さなかったじゃ――」
「それは立派でしたよ。それ“だけ”は。でも、私もお手伝いしようかって、言いましたよね?それを断って、2時間もかけて、そこまでして、ひとりで全部食べる必要なんてあったんですか?」
 言い訳も出だしを速攻で潰し、さらにことさらに“だけ”を強調する。
「ぐ……。お、男には意地ってものがあるんだよ」
「はぁ〜」
 やれやれ、といったふうで大きくため息。
「心底呆れたようにため息をつくな。俺からも言わせてもらうぞ。俺が必死こいて全部食べ終わった時、お前はどうしてた?」
「う……」
 勝ち誇っていたところへの反撃で、再び攻守が逆転する。
「寝息立ててたよな?“もう食べられません〜”なんてベタな寝言付きで」
「そ……それは……」
「心底気持ち良さそうに。起こすのが思いっきり、ためらわれるような寝顔で。結局寮の門限までに間に合わなくて……入寮初日からふたりして大目玉食らった。……釈明はあるか?」
「それはそうかもしれませんけど……遅刻の原因はもうひとつありました!私が目を覚ました時にはフェイカーさんの方が眠ってたじゃないですか。それに、お腹が苦しくて走れないって……あと1分早ければギリギリでバスの時間に間に合ったんです。私だけのせいにしないでください!」
 だんだんと興奮してきたのか言葉の端々にも勢いがにじみ始めた。
「ほんっっっっっとに!くだらないことばっか憶えてるよな」
「そのセリフ、主語は“俺は”で間違いないですよね?」
 互いの失敗を暴露しあっているだけ。傍目にはそれ以外のなにものにも見えないだろうが、ふたりの顔にはカケラほどの悪意も無い。浮かぶのは屈託の無い、心底楽しげな色。気まずい雰囲気は跡形もなく消し飛んでいた。
「ふ、ふふっ」
「あっはははは!」
 やがて、堪えきれなくなったのか、どちらから、ともなく笑いだした。

 もしも、エンジェル隊の一員としてのちとせを知る人物がこの場面を見たならひっくり返ったかもしれない。あのちとせにこんな面があったのか、と。
 当然ではあるが、烏丸ちとせという女性は無感情、ではない。礼儀正しく、表現自体はおとなしめだが、基本的には感情豊かな部類に入るだろう。
 そして、エンジェル隊関係者に対して心を閉ざしている、というわけでもない。
 だが、それでもやはり存在するのである。
 “こんな姿は見られたくない”という感情は。そして、すでにそれを暴かれている相手には隠す必要や意味、意義はないわけで。

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