二次創作小説
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KANRI

GALAXY ANGEL ― The meaning of the name ―

2ページ目


「ん……」
 不意に目の前の光景が反転した。視界の片隅、闇の中に浮かんでいたのは3:57の文字。
「今のは……夢?」
 夢の中の少女、烏丸ちとせは眼をこすりつつベッドから身を起こした。
「まだ少し早いけれど……」
 彼女の起床時間はだいたい朝の5時前後。だが、すっかり目が冴えてしまったので、そのまま起きることにした。手探りで部屋の灯りをともすと、そのままクロゼットの前に向かう。
 はらりと、かすかな衣ずれの音をともなって朱色の帯が解かれ、鶴の刺繍が施された藍染の寝巻きが床に落ちた。手で軽くしわを伸ばし、ハンガーに掛けると、代わりに制服を取り出し、慣れた手つきで身に着けていく。
「あの頃の夢、か……」
 今度は洗面所に足を向ける。冷たい水で顔を洗うと心身が引き締まった気がした。そして、金箔で銀杏の細工がされた愛用の櫛で長い髪を丁寧にすいていく。
 最後にポケットから赤いリボンを取り出し、後ろ髪に結ぼうとしたところで手が止まった。ため息をひとつ。それでも、気を取り直して後ろ髪のひと編みを束ねる。
「よしっ」

 烏丸ちとせ。
 シミひとつ無い肌と鮮やかなコントラストを織りなす髪は鴉の濡れ羽。一切の歪みを知らないように真っ直ぐと伸びた艶やかな髪を赤いリボンが慎ましく飾る。
 身に纏うのは独自のアレンジが入った軍服。紺のロングスカートとそこに合わせられた編上げのブーツは古風なイメージを醸し出す。
 整った目鼻立ち。かすかにつり上がった翡翠色の瞳が鋭さよりも柔らかさを感じさせるのはその落ち着いた光と、上品ながらどこか素朴な立ち振る舞いのせいだろう。
 街を歩けば10人のうち9人は振り返るであろう見目麗しい女性。けれど、何の予備知識も無しにその正体に至れる者がどれほどいるだろうか?
 かつての所属は儀礼艦エルシオール。トランスバール皇国最強といわれるムーンエンジェル隊の一翼。GA006・シャープシューターの担い手として2度のヴァル・ファスク戦役を乗り越えてきた天使。解き放つ矢はさながら閃光。対するものには災厄を、共に在るものには勝利をもたらしてきた弓の名手。

 身だしなみを確かめると鏡に背を向けた。備え付けの椅子に座り、デスクの引き出しを開け、そこに収められていた大きさ5cmくらいで布製の小さな巾着を手に取る。見つめるうち、ふたたびため息がこぼれた。
 ――あの頃は楽しかった……。と、思考を巡らせたところで首を振る。
「そうじゃない。あの頃も、楽しかった」
 さらにため息がひとつ。
「……緊張しているだけ。そうですよね?」
 ここにはいない誰かにむけてなのか、あるいは自分自身に対してなのかわからない問いかけが無機質な室内に消えていく。
「平行宇宙の調査に行くのは久しぶりだから……初めてNEUEに来た時にはタクトさんや先輩方が一緒だった。でも……今回は違うから……だから……ですよね?」
 ピピッ!ピピッ!
 そんなひとりごとに応える、というわけではないだろうが、小さな電子音が耳に飛び込んできた。
 音源は壁に取り付けられたインターホン。
「はい、烏丸です」
 こんな時間に?と首をかしげつつも立ち上げる。モニターには“sound only”の文字。
「すまないな、こんな時間に」
 返ってきたのはどこか形式的でありながらもすまなそうな、そして、まだ気だるそうな雰囲気を必死に押し殺しているような言葉。ここ数日間ですっかり聞きなれたバリトン。現在の上官にあたる人物のものだった。が、声色といい、音声のみであるあたりといい、早朝に急を要する事態が起き、身支度を整える間も惜しんで、すぐに連絡をよこしたと考えるのが妥当だろう。
「お気になさらず、すでに起きていましたから。ですが、このような時間に、ということは……“エトランゼ”になにかトラブルでもあったのでしょうか?」
 それは、出航予定がすでに数時間後に迫っていることからの予想だった。
「いや、トラブル、というわけではないのだが……」
 モニター越しの言葉にはあきらかな困惑がにじんでいた。
「本艦の出航が明日へと延期になった」
「は……?」
 それに対するちとせの返事はなんとも間の抜けたものだった。

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